2001年9月11日
アメリカ経済の象徴ともいえるワールドトレードセンターは、
ハイジャックされた2機の旅客機の衝突炎上により跡形もなく崩壊した。
ほぼ同時刻、ペンタゴンへも旅客機が激突するなど、全米各地で航空機の墜落事故が相次いだ。その信じ難い光景を 私達はただ呆然と見つめるしかなかった。
多くの人命と、心と、日常を直接奪ったテロは、その直後から、間接的にも様々な人たちの暮らしに、計り知れない影響を与えた。
その時日本では、3名の患者が、全米骨髄バンクのドナーから提供される骨髄液を待ちわびていた。
しかし、日本までの航路は、全面飛行禁止に・・・。
移植の予定日は、9月12日。
患者はすでに、大量の放射線と抗がん剤により、自らの力では、一滴の血液も造れない状態で、無菌室内で待機していた。
“骨髄移植”は、組み合わせにより膨大な数に膨れ上がる白血球の型が、ドナー、患者、共に一致しなければ成立しない。
非血縁者間で適合する確率は、数百から数万分の一と言われている。
移植が決定すると、患者は前処置という段階に入る。
放射線の全身照射と大量の抗がん剤投与で、骨髄機能(骨の中で血液をつくる造血幹細胞)を死滅させ、健康な骨髄液を受け入れる準備をする。
無菌室内の患者は、既に自らの力では一滴も血液を作り出すことが出来なくなるため、この時点で、ドナーは骨髄提供を拒否することはできない。
日米の骨髄バンクは、「新たな犠牲者は出さない!」と、現実に挑む。